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院長コラム

私は開業して22年になりますが、当初から『愛知県獣医師会知多半島分会』(知多半島で開業している愛知県獣医師会に所属する獣医師の集まり)という組織に所属していました。
ですが、鍼灸セミナーの殆どが日曜日だった事もあり、年に一度の総会すら出席できなかったので、長い間ただの幽霊会員でした。
それが3年ほど前から、「役員を持ち回り制にしょう!」と言う事になり、今まで何の役にも就いてなかった私でしたが、たまたま一昨年『学校動物ふれあい教室』の補佐役になったのが、この活動と関わるきっかけでした。(『学校動物ふれあい教室』は、前回のコラムでお伝えした通り、「我々獣医師会員が行う地元の小学校での授業を通して、学校飼育動物と子供達がもっと身近でいい関係が保てるようにしよう!」と言う主旨の元、愛知県の獣医師数名で発足した会です。)

それで、一昨年・去年と『学校動物ふれあい教室』を開く為に遠路はるばる稲沢から来て下さる前田先生のお手伝いをしました。
補佐としての私達の仕事は、前田先生が生徒たちに兎についての授業をした後、一人の獣医が生徒10人を担当して、一人一人に兎を抱かせてなでさせたり、二股の聴診器で自分の心臓と兎の心臓の鼓動の違いを体感してもらうことです。

ふれあい教室の準備会

3月のある日曜日を使って、『学校動物ふれあい教室』の主要メンバーと各獣医師会の補佐担当者とで準備会。
「要請のあった愛知県中の小学校に誰が行くのか、兎が足りない時は誰が運ぶのか・・・。」という話し合いだけで、実に3時間以上掛かります。

そもそも私は、‟意味が分からないけど役割だから割り切ってやる!!と言うことができない性格”なので、初めて『学校動物ふれあい教室』の事前打ち合わせの為にある小学校に行った時、初対面の前田先生に少し時間を取って頂き、その活動の主旨をお伺いしました。

その主旨は前回のコラムでお伝えした通りです。その時前田先生と交わした会話は以下の通りでした。
「今までずっと小学校のうさぎさんを診て来て、「何で兎なの?!」っていつも疑問だったんです。もともと兎は外敵だらけの所で生活してますから、自分の身を守る為に神経質にならざるを得なかったわけですよね!? だから普通に家で飼われてる兎も、とても賢くて神経質ですよね。
そんな神経質な兎を家ではなくて学校で飼うだなんて、兎にとってとっても迷惑な話じゃないですか?! もっと人馴れしていてフレンドリーな保護犬なんかを学校で飼っちゃあダメなんですか?!」と私・・。(保護犬とは、人間の身勝手で飼えなくなってしまって捨てられて保護された犬のことです。)
すると「でもね~、子供たちの中には動物に触った事が一回もない子だっているんだよね! そういう子達が怖がらずに触る事が出来て、学校で飼いやすい動物って言ったら、見かけと大きさからしても兎が一番妥当だってことになるんだよ。人に対してもあんまり攻撃的じゃないしね~・・。だから随分昔から子供達の為にちょっと我慢して学校に居てもらってるんだよね。だからこそ我々が兎の飼い方等をに生方にお教えして、兎にとってももっといい環境にしていかなくてはならないんだよね!」と前田先生。

と言う事で、前田先生のお陰で私も納得することができ、二年間前田先生の補佐として、とても有意義な活動をさせて頂く機会に恵まれました。
二年間補佐を勤めましたので、本来なら今春からは他の獣医師会員とバトンタッチして、私は別の役に就くことになっていました。

事前打ち合わせ

『学校動物ふれあい教室』の事前に必ず校長先生や担任の先生方と打ち合わせをします。
ここでは当日の段取りのみならず、兎アレルギーの生徒はいないか?いるとしたらその生徒の親御さんの了承は得られてるか?等についても情報交換をします。

と、ところが3月のとある日、前田先生から一本の電話があり、「単なる授業のお手伝いとか腰掛け程度の一~ニ年の持ち回りじゃなくて、これからは知多半島の小学校の先生方と密に連絡を取りあって、兎の飼い方の相談に応えたりこの活動自体をじっくりやる役を工藤先生にして欲しいんだよね!工藤先生は、この二年間この活動にかなり賛同してくれてたでしょ?!」と半分脅し的な感じで言われました。(でへへ・・。前田先生、正直でゴメンナサイ!)
その時、「げ・・・。どうしよう・・・。私これから名古屋の病院開業の準備もあるしこんな大変そうな役の依頼を受けるんだったら、前田先生にいろんな質問をぶつけないで、黙って大人しくお手伝いだけしとけば良かった・・・。」と思ったのは言うまでもありません。

と言うわけで、結局お引き受けすることになり、その後愛知県の獣医師会館での準備会に出たり、前回同様今年も『学校動物ふれあい教室』を開講する為の打ち合わせ等をさせて頂き、なんと、今年からはその授業もお引き受けするという大役まですることになってしまいました。

学校動物ふれあい教室の練習風景

当日の初授業に備えて、水出先生に聞いてもらいながら、練習しているところです。(水出先生~!いつもありがとう~)

授業風景

私の初授業です。
過去に前田先生達がお作りになったDVDを元にまとめたものを教えたので、結構楽勝でした!・・・と言うより、こうして無事に終わる事ができたのは、打ち合わせの後の前田先生のご指導の賜物と水出先生のお陰なんですね!

ふれあい教室、榊原先生

授業の後の兎とのふれあいの場です。
補佐の榊原先生(こうえいペットクリニック院長)が二股聴診器を使って、兎と生徒の心臓の打つ早さの違いを聴いてもらおうとしているところです。
実際にその違いを知ると、みんな驚きの顔をします。
私達獣医からすると当たり前の様な事でも生徒からすると一つ一つが感動みたいで、毎回私も楽しんでやらせて頂いてます。

2016年 6月 25日 掲載

先日(6月9日)、私は愛知県知多郡南知多町の「大井小学校」を訪ねて、『学校飼育動物ふれあい教室』の授業をして来ました。

そもそも愛知県下の『学校飼育動物ふれあい教室』は、愛知県獣医師会の有志の先生方(豊田市の土屋孝介先生、春日井市の杉本寿彦先生、稲沢市の前田直樹先生等)が10年前に発足したものです。

その活動は『情操教育や命を考える教育の目的で飼育されているはずの学校飼育動物が、有効に利用されないばかりか、場合によっては逆効果になったり、学校の負担になったりしています。そこで、子供達に命の不思議さや動物のかわいらしさに接し、動物の飼育法や扱い方を覚えてもらうことにより、より興味を持って接っしてもらったり、先生方にも楽しく飼育をし教育にも役立ててもらいたい。』と言うのが主旨です。(公益社団法人愛知県獣医師会のHPから抜粋)

地元の開業医としての私の経験では、学校の飼育係の子供達が学校動物の世話を一生懸命しているにも拘わらず、学校側があまり熱心でなかったり、学校動物が病気になった時、先生方がご多忙なので直ぐに病院に連れて来て頂けなかったり・・・といった残念な場面がありました。
もちろんそんな対応をされる先生ばかりではなく、飼育担当の先生方の多くは、ご自身の時間を割かれて病気の兎たちを病院に連れて来て下さっています。
待合室でお待ちになってる間に居眠りされるお姿を見る度に、本当に頭が下がったものです。

とは言え、仮に‶子供達と先生方の間に温度差” があるようでしたら、獣医師が介入させて頂き、『学校飼育動物ふれあい教室』での授業を通して動物の性質や扱い方、そして命の大事さをお伝えしてその温度差を縮めていくのがこの活動の目的の一つになります。

この活動は、10年前に愛知県内で活動され出しましたが、私が所属している知多半島獣医師会が始めたのは、県内で一番遅く、3~4年前だったそうです。
そして申し訳ないことに、私はそういう活動があることすら知りませんでした。(全然意識していなかったのですね。)
たまたま一昨年の5月に、知多半島のある小学校で『学校飼育動物ふれあい教室』を開く為に、稲沢から前田先生が来て下さった際、そのお手伝い役として活動に参加したのが始まりでした。
正直なところ、一昨年と去年は自ら志願したのではなく、知多半島獣医師会の‟単なる役の持ち回り”として「仕方なく」参加したと言うのが本音です。

ですが、我ながら面倒くさい性格だと思いますが(笑)、たかが手伝いとは言え、‶納得できない事はしたくない性格” ですので、一昨年も去年も『学校飼育動物ふれあい教室』が終わった後、稲沢にお帰りになる前田先生をお引き留めしては、この活動の意義等をじっくりお聞きしたり、私なりの質問を前田先生に投げ掛けたりしました。(写真)
後にこの事が、自分で自分の首を絞める事になったとは、その時は想像もつきませんでしたので・・・。(うう・・苦笑・・。)

いつもお読み頂きましてありがとうございます。
続きは次回書かせて頂きますね。
朝晩の清々しさと打って変わって、昼間はう~んとお暑くなりましたね~。
皆さま、そして同居している動物たちもくれぐれもお身体の方、ご自愛下さいね!(^^)!

ふれあい教室

去年の『ふれあい教室』の光景。
前田先生の授業はとてもお上手で、いつも素晴らしいな~!!と思ってつい私も聞き入ってました。

質問コーナー

講義の後での質問コーナー。
みんな目を輝かせていろんな質問をしています。
子供の視点や発想は大人とは全く違うので、びっくりするような質問も出たりします。
(これも去年のものです。)

ふれあい教室

去年の『ふれあい教室』の後で、お茶をご馳走になった時の写真。
その時に今の子供達の現状や飼育動物の様子などをお伺いします。
大井小学校には一昨年、去年、今年と3回続けてお邪魔しています。
ここの校長先生はとっても温かくて笑顔の素敵な先生です。ついファンになってしまいました。

前田先生

去年、『ふれあい教室』の後、この活動の意義と私が長い間学校飼育動物のやり方に対して抱いていた疑問を 前田先生に投げかけて応えて頂いているところです。

2016年 6月 11日 掲載

最近、私は仕事に集中した後、夜は完全に頭を切り替えたいので、ツタヤに行ってDVDを借りたり本を購入したりしています。
DVDも本も自分の知らない知識を教えてくれたり感動させてくれたりします。
でもやっぱり ‟人と逢う!!”という事に勝るものはないように思いますね~。
『どんな時にどんな人と逢うか・・・。』 人との出逢いは生きていく中でとても大きな事なんじゃないかって、最近よく思うんですよね。

先週の日曜日は朝から大阪でセミナーがありました。
ちょうどその日に、小学校5年生の時の担任の先生が北海道からいらっしゃるとの事で、当時受け持って頂いた二つの学年の生徒達や同僚の先生方が集まって、おのおの『ミニ同窓会』を開くことになりました。
セミナーが終わり、大急ぎで帰って来て半田駅についた時には既に一次会が終わってました。
その先生は人気者でしたので、飲み会も三連チャン続くとの事で、「先生はお疲れになって、もうホテルにお帰りになっただろうな~・・・。」と、諦めモードで二次会に行きましたら、そこに先生も来て下さり、40年振りに再会出来ました。

そこで同じテーブルになり、先生から校長をお勤めになっていた時のお話を沢山お伺いできて、とても有意義な時間を過ごす事が出来ました。
「広大な北海道ではモンスターペアレンツなんて、ありえないのでは?!」と思ってましたが、実態はそうではなかったようでした。
でもその先生は、「お宅のお子さんをどう育てたいですか?!勉強が出来るか否かよりも挨拶がちゃんと出来るか。そして一人の人間としてどうか・・・。と言うところを一緒に考えながら育てていきたいと思いませんか?!」と一人一人の親を説得されたとの事。
ややもするとモンスターペアレンツの勢いに押されて保身になりがちな教育現場で、教師としてのご自身の目的(ミッション)を最後まで遂行された先生に感激し、「よっしゃ!私も頑張ろう!!」と思った一日でした。
佐藤良一先生、本当にありがとうございました(^^)!。(教育に関しては一生懸命やってるからこそ、心の病んでしまう先生もいらっしゃるでしょうから、これ以上は語りませんが・・。)

さて、次は・・・先週の土曜日の事です。
今まで、ずっと私が受けるセミナーは獣医学か鍼灸一辺倒でしたが、去年の11月からは、仕事以外のセミナーにも出るようになり、その後2月にあった同じ系列のセミナーで一緒だった方が、土曜日に東京から逢いに来て下さいました。 
彼は仕事をしながら先月から『夢とかロマンとかをお話する会』というのを始めたそうなんですね。それは「100人の人と逢ってお互いの ‟夢、目標、やりたい事”を話しながらお互いの知恵を出し合ったり応援しあったりする」旅なんだそうです。私は6人目との事でした。
病院の診察を3時間ほど見て頂いた後、我らが誇る半田市の童話作家・新美南吉の「南吉記念館」にご案内した後、一緒に飲みに行きました。

普段、家と病院の往復だけで、針を打ちながら飼い主さまからお話をお伺いすることで、少しだけ社会との窓は開いてますが、やはり異業種の方とガッツリお話することはあまりなく・・・とてもいい機会になりました。
私と違う考え方から学ばせて頂いたり、背中を押してもらったり・・・。
私の生きる主軸はこれからも仕事ですが、もっともっと色んな方とお逢いして、見聞を広げていきたいと思います。
佐藤良一先生、岳ちゃん(吉田岳人さん)、この度はありがとうございました(*^^*)!

先生を囲んで

佐藤良一先生を囲んで・・・。
気がついたらみんなオッサンとおばはんになってたけど、誰もが昔の面影のままなんで、やっぱり懐かしかったです。

岳ちゃんと「イェ~イ!!」

岳ちゃんと「イェ~イ!!」 「お互い顔晴ろうね~!!」と再会を約束して別れました。 年の離れた弟が出来た感じです。(なんて言いつつ・・私は頼りない姉ですが。)

2016年 4月 27日 掲載

前回のコラムで「なんて自然は私達人間に寛大なんだろう~!」と書いたばかりでしたが、その後でこんな大きな地震が起きてしまい・・・これだけ科学が進歩していても、大地震に太刀打ちできない人間の無力さを実感しています。
亡くなった方々のご冥福をお祈りすると共に、お怪我された方、避難所にいらっしゃる方々のご快復と一日も早い復興を願って止みません。
早急にできる手段を見つけて、支援させて頂きたいと思います。
病院の方にも『支援金募金箱』を設置しますので、ご協力の程お願い申し上げますm(_ _)m。

さて、病院名を変えてからもう直ぐ2週間になります。
皆様にはご迷惑をお掛けしておりますが、お陰さまで少しずつ落ち着きを取り戻しつつあります。

実は私は小学校一年生の時からどうしてもある仕事に就きたくて、その夢をずっと温めていました。
ところが、高2の時に父の反対に合ってその夢を断念せざるを得なくなり、獣医の大学に進みました。
ですので、大学時代の私は見かけは毎日剣道で汗を流すバリバリ元気な学生でしたが、心の底では暗~い学生生活を送っていました。「果たしてこの道は私の進むべき道だったんだろうか・・。」と思って何度退学しようと思ったか分かりません。

ですが、開業してから思った以上に大変な仕事だと実感しつつもここまで来れたのは、ご来院下さる方々や助けて下さった方々のお陰と共に「私達がやっている事が動物達や飼い主さまのお役に立ってるかも知れない。」という充足感があったからだと思います。
基本的に飽き症で剣道以外何一つとして続けられなかった私が、今日まで獣医を続けて来れたのは、やはりこの仕事が好きだったからなんでしょうね・・。

ところで、前回のコラムでもお書きした通り、看板と病院名を変える構想は、数年前からあったのですが、忙しかった事とタイミングが掴めなかったということもあり、時間ばかりが過ぎていました。

そんな折、名古屋に住んでいる大学時代の友達とお茶をした時「ゆりちゃんさぁ、犬猫に鍼刺すなんてこと、普通の人は知らんよ!そんなん知名度低すぎるわ・・・。そいでもって阿久比でしょ?!名古屋に出てこりゃ~!名古屋に!!」と言われました。(そういうあんただって、結婚するまでは知多市の片田舎に住んでたくせに~・・。と思いましたが・・(笑)。)
それまでの間、名古屋に病院を出すなんて発想はこれっぽっちもなかったのですが、彼女の一言で「よし!名古屋に出よう!!」と決心しました。それは去年の9月のことです。
そしてその流れの中で、「今年分院を名古屋に出すから、そのついでに今の病院のロゴと病院名も一緒に変えよう!」ということになりました。

動物たちに針を打ちながら、飼い主さまのお話をお伺いしていると「‟順風満帆”に見える様で、誰もがいろんなものを抱えながら、生きてるんだな~・・。」と思います。
かく言う私もいろんな事がありました。
でも後で考えると、その時は振り回されているようで、実は無意識のうちに自分でそれを選んでいた事に気づいたんですね・・・。
そうやって考えると、今ある状態は誰のせいでもない、どれも自分が選んだ結果なんだと思ったんです。
そしてそのことに気づいた今だからこそ、「親や伴侶の期待に応える為に生きるのではなく、自分のミッションの為に生きよう!」と思って前に進むことを決断しました。
少し話は飛躍しているかも知れませんが、そういう発想から病院名を変えたり分院を出すことに至りました。

私自身まだまだ未熟者ですし、名古屋に分院を出すことも一抹の不安はありますが、これからも皆様のお役に立てる様、スタッフ共々一層努力していきたいと思いますので、こらからも『リリー動物病院』をよろしくお願い致します。

鍼灸(中医学)を教えて下さった山内先生・西依先生、その他の先生方、そしてこの事(何もかもが自分の選択であること。そして自分のミッションを遂行しつつ自分の人生を生きるべきだということ。)に気づかせて下さった林佐保子さんとジェームス・スキナー氏に心から感謝しています。

お花

3月のある日、突然岡野リーちゃんの飼い主さまが、お花を持って来て下さいました。
ケンが亡くなった事を書いたコラムをお読みになって、来て下さったとの事。
「先生、お久し振り~~!!」と笑顔で入って来られた後で、ケンの事を偲んで下さいつつ、去年11月に亡くなったリーちゃんの事も思い出された様で、お互いにうるうるしながらお話しました。
動物を介してこうして素敵な飼い主さま達とお逢いできるのも、獣医としての醍醐味の一つです。
岡野さん、ありがとうございました。(他にもお花を贈って下さいました飼い主様、本当にありがとうございましたm(_ _)m。)

師温会

3月5日・6日にあった師温会(医師・鍼灸師・獣医師合同の鍼灸勉強会)にて。
いつも熱い山内先生、台の上で治療して頂いているのは岐阜の校條先生です。

師温会

同じく師温会にて。
患者さんの足にお灸してらっしゃるのは、石田とく子先生。とく子先生の耳針は、一瞬?愛情たっぷりの痛みを伴いますが、超々効きます!!

洞雲院にて

毎月一回、母と墓参りに行く洞雲院にてパチリ!
そこに書いてあるお言葉は、いつも納得させられることが多く、その度に「よし!コラムに載せよう!」と思います。
ですが忙しさに取り紛れてそのままになることが多いです・・。
本当に当たり前だと思っていることに感謝ですね。

2016年 4月 21日 掲載

今年も桜が満開になり、心を和ませてくれましたね・・・。
満開の桜を見ると、いつも思います。
「私達はこんなに自然を痛めつけているのに、こうして桜は毎年綺麗に咲いてくれて、
なんて自然は私達人間に寛大なんだろう~。」と。

・・・と思いつつ、自然を破壊させて作った高速道路も新幹線も飛行機も・・しっかり利用させてもらっています。
だからこそ、もっと自然(地球)を大切にしていかなくてはならないんでしょうね・・・。

皆さま、お元気でお過ごしですか?! 1月末から、セミナー等で忙しくしておりまして、しばらくコラムは書けませんでした。
タイトル通り、この4月7日を持ちまして22年間お世話になりました「清水動物病院」の院名を「リリー動物病院」に改名致します。

思い起こせば、飼い主さま(動物達)、先輩獣医の方々、仲間の獣医さん達、鍼灸の先生方、スタッフ、その他多くの方々のお力をお借りして、「清水動物病院」は今日まで来れました。
私一人の力では到底無理でした。この場をお借りして厚くお礼申し上げますm(_ _)m。

実は院名を変えようと思ったのは、二年前でした。
元々「清水」は私の実家の苗字であり、初めて行くセミナーでは、「工藤」ではなく「清水先生!」と呼ばれたりすることもありましたが、「清水動物病院の工藤です。」と言い直すのも面倒だったので、そのままお返事したりしてました。
ですが、「清水動物病院よりも別の名前に変えた方がゆくゆく便利なのでは?!」と、ある日思い立ったのですね。
長年鍼灸治療をしていることもあり、新しい院名に「陰」と「陽」を使いたくて、いろいろな外国語を引っ張り出してきて、候補を4つ出しました。そして最後に「リリー動物病院」も加えて候補を5つに絞りました。
それらを紙に書いて地元の鑑定士の先生にお伺いしたところ、「どれもみんな運のいい名前ですよ!」と言われたのですが、スタッフ達に聞いてみたところ、「外国語の名前はどれも舌を噛みそうで使いづらい。」との事でしたので、「リリー動物病院」になりました。

工藤ゆり子の「ゆり」を取って、「リリー」にしたので、飼い主さまから「やっぱりそうだったんだね!!」と言われると、「何だか私の名前を使うなんて、厚かましいよな~・・。」と気恥ずかしい様な申し訳ない様な気持ちになりますが、この名前でやっていこうと思います。

より一層皆さまのお役に立てる様、一同気持ちを新たに頑張って行きたいと思っております。
これからもどうぞご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

※尚、新しい病院のロゴは「清水動物病院」時代の看板のロゴの作者である長野県の「やぎさん工房」の新井様ご夫妻にお願いして作って頂きました。
開業時にたまたまある方のご厚意もあり今までのロゴを使わせて頂いてましたが、3年前にロゴを変えようと思い立ちまして、ご無理言って作って頂きました。この場をお借りしてお二人に感謝申し上げます。
また、今年の9月(予定)には、名古屋市昭和区に「リリー動物病院分院」として、「鍼灸専門病院」を立ち上げる予定でおります。
今の病院に、鍼灸で通って下さっている動物たちと飼い主さまにご迷惑をお掛けすることになりますが、月曜から土曜日のうちの2日間は今の病院に来るつもりです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

桜

今年も桜をじっくり見れないかも知れないと思い、仕事が終わった後一人で病院近くのアピタの駐車場の桜を見に行きました。
花見客の多い公園とは違って、夜、誰もいない所でしっとりとした桜と対面すると、それだけで仕事の疲れも吹っ飛びます。

桜

先日の日曜日に母と行った洞雲院にて
ものの見事に咲き誇っていました!

リリー動物病院のロゴ

「リリー動物病院のロゴ」です。
ご依頼した時「やぎさん工房」の新井春生さんが「仕事中の横顔の写真を数枚送って!」とおっしゃったので、 私が鍼を打っている写真をお送りしてこのロゴが出来上がりました。
このロゴに恥じない様、心新たに頑張りたいと思います。 (スミマセン!因みに私の方を向いて座っている犬はムサシです。(^^)!)

2016年 4月 06日 掲載

梅が本格的に咲き出しましたね~・・・。

ケンがいなくなって、もうすぐ2週間になります。
大切な動物を亡くした方々の悲しみと同様・・・やはり私もケンを思い出しては時折涙が出ます。
ムサシの時もそうでしたが、「時間が薬」とは良く言ったもので、まだまだ時間は掛かるんだろうな~と思います。 ただ、少し救われるのは、集中すべき仕事があることと、リリーという犬が来てくれた事でしょうか・・・。それらがあるのでかなり気が紛れます。

ところで、ケンの思い出はいろいろありますが、7年ほど前にアニマルコミュニケーション(動物と会話)をされているローレン・マッコール先生が南知多にお見えになると聞いて、ケンの本音を知りたくて、先生が滞在なさっていたホテルを訪ねた事がありました。

ムサシは結構単純な性格で喜怒哀楽もはっきりしていて、当時の生活にそこそこ満足してるだろうと思ってました。
でも、「ケンはどうなんだろう・・・??何とな~く毎日楽しそうじゃないよな~・・・。」って思ってたんですね!
息子達が学校から帰るのは夕方。私は夜遅くまで仕事でしたので、とにかく夕方までずっと留守番だったんです。 
それで「ケンは本当に我が家に来て幸せなんだろうか?!今の生活は楽しいんだろうか?!」とずっと思ってました。

っで、実際にローレン先生と会話をして頂いたところ・・・。
「ムサシはいいよね!だってムサシの役割(我が家の見張り番と病院で貧血のワンちゃんに血を提供する事)がちゃんとあるから・・。僕は毎日ツマンナイよ・・・。だってやることがないんだもん。僕にも僕の役割が欲しいよ!」とのこと。
そこでローレン先生のご提案で、「母さん(私)のいる病院で動物や飼い主さまを癒すってのはどう~!?」って事になりました。
それには、ケンも大賛成でした。

ところが・・・
翌日病院に連れてったところ、張り切ったケンは飼い主様には積極的に愛想を振りまくのですが、動物たちを見ると吠えてしまうので、「1日で退去!!」という結果になってしまいました。
だって、彼らはただでさえ怖い気持ちを抑えて待合室で待っているのに、病院でケンに吠えられたらたまったもんじゃないですからね~・・・。
ただ、今回のケンの発言で、もしかしたらケンだけではなくて、犬という動物は「自分の役割を持って、人に喜んでもらえる事を喜びとしている」ところがあるんじゃないかな~?!と思いましたね。

そんなことがあって6年経って、あるご縁から去年の10月と昨日、臨床とはかけ離れた二つのセミナーを受けることになりました。
そこで初めて自分のミッションを意識するようになったのですね。

っで、あることに気づきました。
私のミッションとケンのミッションは通じるものがあったんだな~って事!
私には2つのミッションがあります。
そのうちの一つは「動物も人も愛を必要としている事をみんなに伝えて行くこと。」

自分が育った環境、親との関係から学んだ事。その時は苦しかったしマイナスだと思っていた事も、今となってはその経験があるからこそ、このミッションを持つようになれたのですね!

ケンは本当は病院の癒し犬よりも、老人ホームや子供たちのいる所に行って、思いっきり愛を配ってくる事の方があってたんだと最近になってやっと分かりました。
その時は、そんな選択肢も思いつかなくて・・・ただ、開業当初からいつかは、‟人間大好きな動物たち”の力を借りて老人ホームや親に虐待された子供たちの施設を回ることが出来たらと、思ってはいました。

ケンのこの大きなミッションは、彼が死んだ今となっては私の勝手な思い込みもあるかも知れません。
ですが、彼は私達家族に大きな癒しをくれました。
ですので、今後彼のミッションを引き継いでくれる動物たちを探して、いつか必ず彼らの力を借りながら、「人も動物も愛が必要であること」を伝えて行き、親から愛を受け取ることの出来なかった子供たちが動物たちと接する中で 「あ~・・動物っていいもんだな~・・・。自分も家庭を持ったらいつか動物を飼って、動物たちと家族とで仲良く暮らしていきたいな~・・・。」と思って貰えたら、それが私の最大の喜びであります。

治療中に飼い主さまにもお声を掛けていますが、このコラムをお読みになって何かお力を貸して頂ける方がお見えになったらそんな有難いことはありません。(超人間大好きな子を飼ってらっしゃる方、子供たちのいる施設にお勤めの方など。)
よろしくお願いしますね(^^)!

今日も長いコラムにお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
インフルエンザが流行っているようです。 「罹ったかな~・・?!と思ったら、コンタック600」ならぬ「大椎にお灸」です。(ヤバッ!!年がばれたかも~・・・。。。)

2016年 2月 08日 掲載

昨日は私の誕生日でした。
そして奇しくも我が家の愛犬ケン(16歳半)の命日でもありました。

「ケンとの時間はあと僅かだろうなぁ・・。」と頭で分かってはいても、どこかでそれを否定したい気持ちがあったのと診察に没頭していたこともあり、昨夜7時半の夫からの電話に気づきましたが、そのまま診察をしていました。
少しして、二回めの電話があった時、「もしや・・?!」と思い直して出てみたところ、「もう本当に危ない。」との事・・・。
後片付けをしている看護師さんに事情を伝えて、ダッシュで帰りました。
道中、「ケン!ケン! 待っててよ!母さん今帰るからね! 絶対に死んじゃあダメだよ!!」と叫びながら、アクセルを吹かしていました。

家に着くと、ケンは真っ赤に目を腫らした長男に抱かれて、ぐったりしていました。
「遅かったか・・・。」と思いつつ脈を取ったらまだ脈はありましたが、本当に細くて弱い脈でした。そして長男は黙って私にケンを抱かせてくれました。
数分後・・・ケンは私達に看取られて、私の手の中で静かに息を引き取りました。

ケンは、今にも消えてしまいそうな命の灯を灯しながら、私の帰りを待っていてくれたのでした。

ところで私は、長い間、コラムに書こうとずっと温めていた話がありました。でも、書けない内容でもありました。
それは『多くの動物は、自分の死期が近づいて来ると、大好きな飼い主さまが逢いに来てくれるまで死なずにずっと待ってる!そして死ぬ時期を選んでいる!』という話でした。

なぜそう感じたかと言いますと、長い臨床経験の中で、そういう動物を沢山見て来たからでした。
「死期の近い末期癌のワンちゃんが、一番可愛がっていた遠方に嫁がれた娘さんが逢いに来られるまでずっと待っていて、顔を見た途端亡くなってしまったり・・。」「末期の腎不全の猫ちゃんが、点滴で入院して夜退院した後、ご夫婦2人が揃うのを待ってから、亡くなったり・・。」数え上げたら切りがないくらいそういう事って起きてたのですね・・・。ですので私は「動物たちの何とも表現できないこの力は凄い!!」とずっと思ってました。(他人は偶然だと笑うかも知れませんが・・・。)

ただ、それをコラムに載せるには一つの躊躇がありました。「どの飼い主さまだって大事な動物の死に目に逢いたい!って思ってるのに、逢いたくても逢えなかった人はどうなるの?!こんな事を載せたらその人傷つくよね!!」と思ったのですね。なのでそれを思えばこそず~っとコラムに書けませんでした。

そんな事を思いながら数年が経ち、ちょうど二年前、私がいない間にムサシ(シェパード、次男と私が主に面倒を見ていた病院の供血犬です。)は息を引き取ってしまいました。仕事を急いで終えて車を飛ばしましたが、間に合いませんでした。・・・動物の死に目に逢えなかった飼い主さまの事を考えているうちに、今度は自分が同じ経験をすることになったのですね・・・。

だからこそ、よけいに「何があってもケンの死に目には逢いたい。」と言う、変なこだわりがありました。
「ケンが待っててくれて嬉しかったけど、ムサシは何で待っててくれなかったんだろう・・。」「でも、死に目にあう、あわないなんて事よりどれだけこの子達が私達と一緒にいて幸せだったって感じるかってことの方か大事なのかも知れない・・・。」「あ~あ・・・家に帰ってもケンが迎えてくれないのは寂しいな~・・・。ケンが居るのが当たり前だったのに今日から居ないって思うと、ツマンナイな~・・・。」と悲しさと共にいろんな思いが頭の中を駆け巡って来ます・・・。

ある友人が、「感謝するって事は、当たり前の事に感謝するってことなんだよね!」と教えてくれたことがありました。
「そう・・・。当たり前の様に我が家に来て、当たり前の様に三人の子供達の隣にいて、当たり前の様に私達の帰りを待っててくれたケン。」
「私達家族は本当にあなたに癒されました。ケン、本当にありがとうね! 私達はケンの事が大好きだよ!ありがとう☆彡」

今日はいつも以上に取り留めのない話ですみませんでした。
ケンの事を心配して下さって、メールやメッセージを下さった皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m。

16年前

左側;16年前、我が家に来たばかりの頃 長男とパチリ!
右側;亡くなる3日前、長男に抱かれて。

三男と野球観戦中

三男と野球観戦中

三男と

あらあら~・・・、そこまでして三男にくっついていたいですか~?!
なんか、微笑ましいと言うか可笑しかったので、撮りました。

2016年 1月 27日 掲載

我が家のケン(ミニチュアダックス、16歳半)の命の灯の消える日が少しずつ近づいています。

ここ二週間くらい食欲も落ち、一旦寝ころぶと自力では起き上がれず、立たせても数歩歩けば転ぶ姿を見て、かなり衰弱しているのを感じでいました。
そして昨夜も「危ないかも知れない。」と夫から連絡が入りましたので、帰宅直後長男に手伝ってもらって、がっちり鍼灸を施したところ、寝る前には居間をとことこと歩きだしたので、安心して休みました。

ところが、今朝は微動だにしなくなり・・・意識も遠のいてました。
それで 「ケン!ケン・・・!起きて!!」と叫びながら、ぽろぽろ涙を流してましたら、ケンがありったけの力を振り絞って、立ち上がりました。
これには、本当にびっくりしました。 もうろうとした意識の中でもちゃんとケンには私の声が届いていたのですね・・・。

そして、今日仕事を終えて帰宅すると、またぐったりしていて・・・ケンは正に”ろうそくの火が強くなったり弱くなって消えそうになったり・・・”の繰り返しです。
でも、流動食は受け入れてくれるので、飲み薬や点滴など負担のかかる治療は止めて、鍼灸をしながらケンを看ています。
離れた所に住んでいる次男も三男も今回ばかりは心配していて、マメにラインをくれます。
昨夜は長男から「覚悟しといた方がいいぞ。」というラインを受け取った次男が 「我が家に来てくれてありがとう!ってケンに伝えてほしい。」 と殊勝な事を言ってきました(涙)。

ここ数日、ケンを看ながらいろんな事を考えます。
大事な動物の死期が近づいてきた飼い主さまたちと自分の姿がだぶったり・・・。
ムサシが亡くなった時の事を思い出したり・・・。
「ムサシを含めて、今まで可愛がっていた動物たちの死に目に逢えなくて辛かった!」とずっと思ってたけど、亡くなる子を手の中でずっと見守るのもそれはそれで辛いだろうな~・・・。」と思ったり・・・。

ところで、ケンは16年前に子供たちがまだ小さくて手の掛かる時に我が家に来たのでした。
子供たちを保育園や小学校に送り出した後、私は朝から夜遅くまで仕事三昧・・・。
ですので、ケンはムサシが来るまでの7年間、ずっと一人でお留守番をしてました。
それでも、毎晩「ただいま~!」って帰ると、みんなの事を喜んで迎えてくれて・・・。 いつも私達家族と一緒にいてくれて・・・。 
でも実はず~っと前から私はある事を考えてたんですね~。
「もっと長い時間家にいることが出来て、ケンの事をゆっくり抱っこしてあげられるお母さんがいる家にケンが来たら、ケンは今よりもっと幸せだったんじゃないかなぁ~。」と・・・。

とは言え、ご縁があって我が家に来てくれたんだし、時間は取り戻せないので、数年前からは息子たちには合言葉のように言ってました。 「ケンがうちに来て幸せだったな~!って死ぬ時に思ってくれるように、ケンを大事にしようね!」って。
ケンは今、「我が家に来て良かった!」って心から思ってくれてるんでしょうか・・・?!
それはケンに聞いてみないと分からないことですね・・・。(仕事でアニマルコミュニケーションをしていても自分の犬にはブロックが掛かってしまって、私は聞くことが出来ないのですね・・・。)

我が家の大事な四男のケンがいつまで生きてくれるか分かりませんが、彼の命の尽きるまで、家族と見守っていきたいと思います。

お寒くなりました。
皆さまも動物さんたちもお風邪など召されませんよう、ご自愛くださいね☆彡

ケン

連絡を受けて急いで帰宅して、ケンを抱き上げました。
「ケン、母さんだよ!ただいま~!」

リリー

ぐったりしたケンの前で「だからさ~・・・ケンが大変なことも分かるけど、僕にもいい子いい子ってしてね!!」って言うリリー。
みんながケンばかり構うので、少しつまらなそうですが、今の状況はちゃんと分かっているように思います。

梅

暖かさに触発されて、今年はいつもより早く開花したお隣の畑の梅。
こうやって見てるだけで心を和ませてくれる、自然の力は本当にすごいですね~。

2016年 1月 24日 掲載

先日、私は大阪に用事がありましたので、その後堺市で鍼灸院をしてらっしゃる国分龍彦先生の所に行って参りました。
国分先生は、鍼灸院をされる傍ら香港聯合(ほんこんれんごう)中医薬学院の教授であり、私が3年間通った獣医中医薬学院の最高顧問でもあり、温雪楓(おんせっぷう)先生の教えを継承する勉強会(師温会)の会長もお勤めになられてます。 私の様な者からすると、国分先生は言わば「雲のそのまた上の存在」の方になります。

帰り際、国分先生が 「工藤先生、せっかくここまで来たんだから、戎神社(えびすじんじゃ)に行かれるといいですよ!」と言って下さいました。
よくよくお尋ねしてみると、午前の治療が終わり次第、国分先生も行かれるとの事でしたので、「それじゃあ私もお伴させて下さい!!」ということになり、先生の治療が終わるまで、適当に時間をつぶしてお待ちしてました。 ちょっと?強引にお願いした感じでしたが・・・(苦笑)

戎神社に着くやいなや、お参り道はいろんな出店がいっぱいで、それを見ながら歩いているだけで「氣」が上がるのを感じました。何て表現したらいいんでしょう~・・・そう、そのエネルギーを受けるうちに私の内側のエネルギーも湧き上がって来る!っていう感じですかね~。 楽しいと頬も緩み、いろんな心配事も消えてなくなるもんなんですね。
そんな私をご覧になりながら、国分先生が「工藤先生、楽しいこともせなあかんですよ。人生ケセラ・セラだからね!」とおっしゃいました。
「ホント・・・そうですね~・・・。」と私。

神社の境内に入ると、お祭りの時によく聴く、あの「チャカチャカチャカ・・・」の音と共に、「まんが日本昔ばなし」に出てくる市原悦子さん風の声で『商売繁盛、笹持ってこ~い!』という音声がずっと流れてました。 みるみるうちに人が増えてきましたので、とにかくはぐれない様に国分先生にくっついて歩き、お賽銭箱にお金を放り投げてから、宮司様から笹を頂き、その後巫女さんにお札と升を付けて頂きました。(升は益々繁盛しますように!という意味があるそうです。)

戎神社で頂いた笹

戎神社で頂いた笹です。
ご覧の通り、壁に掛けてみたら結構な大きさでした。
巫女さんに、黄色い袋の中には五円(ご縁)が入ってるので、来年戎神社にこの笹を納めに来た時に、その五円はお賽銭箱に入れるようにと教えて頂きました。

少し出店をあるいたところに屋台がありましたので、国分先生からお酒と焼き鳥をご馳走になりました。(11月からずっと断酒してますが、こういう時は頂くことにしています。)
お正月の屋台だったからでしょうか?!頂いたお酒と焼き鳥は格別の味がしましたね~!
この正月は初詣にも行きませんでしたので、予想外の戎神社への参拝と国分先生との新年会?で、私は新年早々かなり得をしたと思います!・・・「神様、ありがとうございます!」って感じでした(^^)。

その後国分先生が毎年お買いになっている「焼き銀杏」のお店を一緒に探したのですが、いくら探しても見つかりませんでした。 
でも、お店が見つからなのかったお陰で、探している間中ずっと国分先生のご経験談や人生観などをお聞きする事ができ、先生の優しいお人柄にも触れ、何にも代えがたい貴重な時間を過ごすことが出来ました。

国分先生~、この度はありがとうございました(^^)! 癖になりそうなので、今年の笹とお札と五円を持って、来年もお邪魔するかも知れません。その時はどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m。

この度、国分先生にお逢いして、「1頭でも2頭でも多く、鍼灸等で元気になってもらって、患者さんと飼い主様の笑顔が見れるように心新たに顔晴ろう!!」と思いました。
そう・・・私が臨床をしている限り、いつまでも成長しなきゃ!なんですね~!

長いコラムになりました。 最後までお読み下さいましてありがとうございました。今年も皆様にとって素敵な一年になりますように~☆彡

国分先生の治療院の待合室に貼ってあった紙

国分先生の治療院の待合室に貼ってあった紙。私も経験したので分かりますが、「出産」というのはお腹の中で赤ちゃんが出てくる為に起こす得体の知れない、そしていつ終わるのかも分からない、そいういう「陣痛」を伴う大変な作業なんですね~。
なので私は3人の息子たちに小さい頃からいつも言い聞かせている事があります。「母さんはね~、あんた達を命懸けて産んだんんだからね!だからどんな事があっても自分の命を粗末にしちゃあかんよ!親より先に死ぬのは一番の親不孝なんだからね!」と。
そう・・・だから戦争にも絶対行かせたくはないのですね。

本

治療院に着いた途端、国分先生が「工藤先生!いらっしゃ~い。そうだこの本、あげるわ!」とポ~ンと私の膝にこの3冊を置いて下さいました。
「イエ~イ!!やったぁ~!!ムフフ・・・学院の同級生達に「いいな~!」って言われそうだな~。」と思わずニンマリした私。

本

と、ところが・・・中を開けてビックリ!!「 あれ~?!日本語じゃないんだ~・・・。こりゃあハードル高いわ~!!」と一瞬本を開いた手が止まりました(汗)。
でもせっかく頂いたんだから、「豚に真珠!」って言われないようにがんばんなくっちゃ!!

笹を頂きに並んでらっしゃる先生

笹にお札等を付ける為に並んでらっしゃる国分先生をパチリ!
ちょっと照れてらっしゃいますが、相変わらずダンディーでございました(^^)。

写真

出店で国分先生に金太郎飴を買って頂きました。
先生は、可愛い金平糖を5袋お買いになりました。きっと患者さまの娘さんやお孫さんに差し上げるんでしょうね!

水取神社

「工藤先生、せっかく来たんだから、もう少し足を延ばして水掛不動まで行きましょう!」と南海電鉄に乗って難波の‟水掛不動さん”(水掛不動尊;法善寺)に連れて行って下さいました。
鳥居をくぐると、苔のはえたご不動さまがいらして、お水を掛けるとお願いごとを叶えて下さるそうなんです。
私が写真を撮っている間、国分先生が水を掛ける順番待ちの列に並んで下さったのですが、撮り終えて先生のお隣に戻ったら、後ろは長蛇の列になってました!
ふふふ・・お願いごとですか?!毎朝「無条件の愛」をみんなと自分に送った後、「お願いごと」をしてますので、ここでは「今日はありがとうございました。いつものお願いごとを叶えて下さい。」とだけお願いしました。
手抜きじゃないかって?! いえいえ、国分先生と後ろの方々をお待たせしないようにしただけですよ。(ナンチャッテ!)

2016年 1月 12日 掲載

内尾先生のご著書(オーラが輝く魔法の言葉)には、「何があってもありがとう」と書いてあります。
以下はその本の抜粋です。

世の中の人たちは、感動の氣持ちを表すときや、自分が得したことがあると「ありがとう」と言いますが、本当は何があっても 「ありがとう」なのです。 「ありがとう」という文字は、「有り難う」つまり「有る」ことが「難」しいと書きます。
しかし、「難」と「有」を使って「難があっても、有り難う」と読むこともできますね。 自分がピンチを迎えたときに「難が有っても、ありがとう」と思う氣持ちになると、氣分が落ち着いてきます。・・・中略・・・「難があっても有り難う」は「何があっても有り難う」につながります。そしてこの「何があっても有り難い」を続けていくと、ムダがなくなっていきます。 また「何があっても有り難い」に行きつく先は、「自分に有り難う」「自分の人生に有り難う」になります。そう考えることができるようになると、不平不満そのものが消えてなくなります。

「ふ~~ん・・・。」と納得しながら読んでましたら、ある日事件が起きました。
ここでは具体的な事は書きませんが、その方々の言動を見て、不快感も少し感じましたが、それ以上に「は~ん・・。世間にはこういう人達もいるんだぁ~・・。」という驚きに近いものを感じました。 と同時に「そうやって考えると、私の周りにはなんて温かい人ばかりなんだろう~。」という事を改めて実感したんですね~。

そこで内尾先生のこの言葉を思い出したのです。
「本当に何があっても有り難うだな~・・。」と。 

『何があっても有り難う』・・「嫌な思いをしたらその人にありがとう。 同じ思いを他人にさせないように気をつけるきっかけになりました。 そして素敵な人に恵まれていることにも改めて感謝する事が出来ました。そういう風に感じることが出来るようになった自分にもありがとう。そしてこの事を教えて下さった内尾先生にもありがとう。」です。

ところで、その事件の前にお会いした鍼灸師さんと獣医さんが同じことをおっしゃってました。
「同業者には腕はあっても自意識過剰で高慢な人が多い!」とのこと。
その時に「え~?!私の周りにはそういう人、全くいないですよ!」とお伝えしたら、二人とも納得できないような顔をしてみえました。

そうなんです!「実るほど頭を垂れる稲穂inahoかな。」じゃないですが、去年まで通っていた獣医中医薬学院の先生方も鍼灸の勉強会の先生方も、そして遠隔治療の勉強会でお逢いする鍼灸師・接骨院の先生・医師の先生方も素晴らしい治療をしてらっしゃいますが、そんな方は一人もいらっしゃらないんですね。
そんな話になった後で、内尾先生のご著書を読み、そしてその事件が起きたのでした。

生きていればプラスの事もマイナスの事もあるわけで・・・でも一見マイナスの事の様に思えても、その中には反省や新たな学びがあったりして・・・そうやって人は死ぬまで成長しつづけるものなんですね。
だから、あらゆる事に感謝なんですね。こうしてこの長いコラムを読んで下さっている方々にも感謝です。

今日もありがとうございました(^^)。

内尾先生のご著書

内尾先生のご著書

写真

「さぁ、行きますよ~!」とカメラを向けられた途端、なぜか二人とも爆笑してしまいました。
何度見ても楽しそうで、わたし、この1枚結構気に入ってます。

写真

・・・という事で、撮り直して頂いたのがこれです。
カメラを意識して、少しよそ行きの顔で写ってたりして~・・・(笑)。

獣医

先日、獣医3人で食事に行きました。
病院を離れると、また違った会話も飛び、結構楽しいひと時でした。

新年会

うちの病院の3人娘。
これは確か去年の新年会の写真だったと思います。
カラオケでこれらのキャラに着替えて3人が登場したのですが、外から私達の部屋をのぞき込む人もいて・・・結構目立ちました!
誰に迷惑かけてるわけじゃなし、楽しけりゃあそれでよし!ですよね!
(念の為お伝えしておきますが、着替えたのは業務命令ではありません。悪しからず!)

2016年 1月 12日 掲載