院長コラム
いよいよ帰国です!
今回はとても不思議な旅でした。
3月初めから持病の腰痛が酷くなっていたので、もしかしたら渡米できないかもしれないと思うところもありました。
ですが、そんな矢先に少し改善したのでこれで行けると成田まで行ったのですが、飛行機に乗り遅れてしまい、結局アメリカ滞在中のほとんどを一人でホテルに籠って過ごすことになったのですね・・・。

3泊・4泊めのホテルの窓から観たフラットアイアン。 一昨年来た時に全泊したホテルです。
みのりさんとアスリートの有森裕子さんはお友達で、有森さんもみのりさんを通してよくこのホテルに泊まってらっしゃったそうです。
開業してからというもの、1人になる時間が殆どなかったので、とても新鮮且つ不思議な感覚の4日間でした。
特に意識したわけではなかったのですが、毎日毎日バタついていたので、やりたくてもできなかった事をこの4日間でやりまくったと言う感じでしょうか。
コラム、よもやま話、溜まっていた仕事のメール、そして勉強・・・その他は爆睡してはまた爆睡・・・。
さらにその合間にいろんなことを考えながら、頭に浮かんだ事を肯定も否定もせず・・・だからと言って日本から抱えてきたものがスッキリしたわけではなかったのですが、日本に帰ったら少し違った自分がいるような気もします。
帰国する2日前の夜は、みのりさんと二人で食事をし、昨日は今回私が飛行機に乗り遅れなければ、ニューメキシコ州の旅に一緒に行く事になっていた敬子(ひろこ)さんが、午後から私に付き合って下さって、ボールダーの街のお買い物に連れて行ってくれました。

敬子(ひろこ)さんが連れてって下さったボールダーの街。
たまたま小さなお祭りをしてました。大道芸に目のない私は釘づけになってしまいました。
こっちの人はジョークを飛ばしながら芸をするので、チョー明るくてチョーオモシロかったです。
その後は、一昨年私が渡米した際に逢って下さったみのりさんの友達も来て下さって、みんなでおいしくお食事をして、再会を約束しつつお別れしました。
そして今、飛行機の中にいます。
この度、「仕事の息抜きにどう?!」と誘って下さったみのりさん、快く送り出してくれたスタッフ達と家族、友達、そして私自身の休息の為とはいえ、病院を1週間も空けることに対してご不満もおありだったかも知れないのに、「そうなんだぁ!先生、楽しんで来てね!」と言って下さった飼い主さま達・・・皆様に心から感謝しています。
さぁ、フライトしました。
それではまた日本でお逢いしましょう~(^^)/
実は今わたし、アメリカのボールダー(コロラド州)にいます。
一月程前にコロラド州在住の友人みのりさん(ヒーラー兼ツアーコンダクター)が、「近々ニューメキシコ州のツアーを企画してて、今度仲間と下見に行くんだけど、ゆり子さんも良かったら一緒に行かない⁉️」と誘ってくれたのです。
今の時期は狂犬病のワクチン等で忙しいのですが、うちには頼もしい獣医が2人とベテラン看護師達も3人いてくれるので、二つ返事で行くことにしました。(ムフフ、みんなありがとうね〜!)
1週間病院を空けると言う事もあり、鍼灸の患者さん達に迷惑をお掛けする事になるので、出発前日の遅い時間まで診察させて頂いてました。
旅行の準備は数日前からちょこちょこしてましたので、当日の朝足りないものをカバンに詰め込み、「さぁ、出発!!」と思いきや、よく考えたら成田空港のフライトまで余裕がないではありませんか!!
「ヒェ〜(泣)!!」という感じで、今回お世話になったJSTの江口さんに新幹線から電話してその旨を伝え、「必死で行きますから可能な限り待ってて欲しいと伝えて下さい!」と、ワケワカランお願いの電話を成田空港まで江口さんにしてもらい、焦る気持ちを抱えながら空港に着きました。(しかも運の悪いことに品川駅で30分の待ち時間があったのですね〜>_<!)
そして成田空港にやっと着き、国際線の南ウィングに向けて走った走った・・・っで30分前に着いたのですが、空港の案内係の女性に「お客様、国際線に限っては安全確保のためこの時間では無理です。今回は諦めて下さい。」と冷静な声で言われてしまいました。思わずわたし、二回も聞き返してしまいました。
一瞬その案内係の方が、“イジワル女”に見えたのは言うまでもありません(笑)。
その方曰く「取り敢えず次のデンバー行きのチケットを急いで取りましょう。でも大型のゴールデンウィークに入ったばっかりだから満席で取れないかも知れませんよ!」と言われてしまいました。やはりその日の便は無理でしたが、翌日の同じ時間のチケットは取れました。(ヤッタァ!)
[caption id="attachment_9143" align="aligncenter" width="308" caption="タッチの差(でもないか…。)で見送った飛行機"]
[/caption]
仕方ないので成田で1泊することになり、気を取り直してホテル近場のおいしそうなレストランでビールにワインと軽く食事をし、翌日の飛行機でみのりさん達と合流することにしました。
と言うか正しくは合流するのだと、勝手に思い込んでました。
が・・・みのりさんに事情を話したところ、コロラド州のデンバーから2日間移動したニューメキシコ州のみのりさん達と合流するには、あまりにも距離があり過ぎてほとんど英会話のできない私が飛行機や電車を乗り継いで合流するのは無理!との事でした。
それで急遽みのりさんにデンバーから30分くらい行ったところのボールダーにホテルをとってもらい、みのりさん達が帰ってくるまでの二日間を1人で過ごすことになりました。
友達に話したら、「実にゆりちゃんらしいね!」と笑われ、「でもこの時期に次の日の飛行機のチケットが取れたのは、やっぱ流石だわ〜!!」とも言われました(^_^;)。
昨日デンバー駅からホテル前で停まる数人乗りの大型タクシー?に乗ったのですが、そこの切符売り場のおばちゃんがとてもいい方で、英語の不出来な私を乗り場まで一緒に連れてって下さり、同乗する男性にもお声を掛けて下さったので、降りる所もその男性に教えて頂いて、どうにかホテルに着くことが出来ました。(本当に感謝です。)
ニューメキシコ州の観光は惜しかったけど、昨日からスーパーに買い出しに行ったり外で軽くお食事したりと、一人でゆったりした時間をすごしています。
なんか、こんな時間も実は私には必要だったのかなぁとも思います。
こうして二ヶ月ぶりにコラムも書けてますしね!
英語は大丈夫かって?!
そう・・・渡米が決まった段階でECCに入ったんですが、やはり時間が取れなくて二回しか行けませんでした。
一先ず、単独行動が決まった段階で成田空港で英会話の本を買い・・・May I order? (注文をお願いします。) と Other beer please.(ビールのお代わりを下さい。)だけ覚えて早速昨夜それらの言葉を使いました。
ムフフ、何たってビールは私にとって、『命の水』ですからね!
もう一泊したら、いよいよみのりさん達がこちらに帰ってきます。
これからホテルの近くをお散歩してきますね!
それでは皆さま ご機嫌よう〜☆(^_^)/
夜の診察が終わり、やることがいっぱいあるので、「いったい何から手をつけたらいいものか・・・。」と考えあぐねた末、ふと目的なしに受付に行ってプラプラしてたら、この本が目に留まりました。
(写真1;たった一言で・あなたが大切だから。発行元;プチ紳士・プチ淑女を探せ!運動事務局/(有)ウィッテム)
この本は去年の7月に私の尊敬する京都の内科医堀田先生の診察を受けた時に、そこの病院で購入したものです。
購入したはいいものの、ほんの少しだけ読んで後は、「これ、イイ本みたいだからみんなで読んでね!」とスタッフに渡したまま受付で埃を被ってました。
やらなきゃいけない事満載なのに、いつもの私の悪い癖で気になったら直ぐに読まないと気が済まなくて、結局半分近く読んでからやっと我に返り(苦笑)、待合室の本棚に置きました。
もう、一つ一つのエッセーが涙なしでは読めなくて・・・スタッフ達も帰った後だったのでいっぱいいっぱい泣きました。
なぜか昔から泣くと頭痛がする私・・・。
よく、「泣いてすっきりしました!」って話は聞きますが、私は泣いてすっきりするどころか頭が痛くなってしまいました。
でも、心はやっぱりすっきりですね!
この本は、いろんな方の体験談が簡単にまとめられていて、読むとほっと温かい気持ちになるので本当にお勧めです。
この間も、中学一年生の男の子が集団暴行を受けて命を落としてしまいましたね。
「なんで、こうなっちゃうの!?このままでこの先いい世の中になるんだろうか?!」と怒りと絶望の気持ちでニュースを聞いていました。
亡くなった少年の無念の気持ちを考えたり少年のおばあさんの怒りの言葉を聞くと、いたたまれない気持ちでいっぱいになります。
加害者の青年達の人格の本質的な問題だけなのか、集団で行動することの恐ろしさなのか(って考えたらテロや戦争もそうなのか知れないけど。)家庭に問題があったのか、ストレスで切れてしまい易い今の社会に問題があるのか・・・・考えたら切りがない深い問題ですが、こうして仕事を通じて思うことは、「加害者の青年たちが小さい頃から動物を飼っていて、自分たちが守ってあげないといけない大事な存在に触れていたら、もっと命の大切さを身に染みて感じたんじゃないかな~!?」とか、「加害者の青年達は、愛してもらってるっていう自覚がなく育ってしまったから、こうなっちゃったのかな?!」と感じてしまいました。
でもやっぱり「なんでこうなっちゃうんだろう・・・・。加害者の青年達は被害者の少年の心と身体の痛みや親御さん達の気持ちを考えられないの?!!」と、怒りが込み上げてくるだけで、やはり答えは見つかりません。
亡くなった少年のご冥福を心からお祈りすると共に、「どうか次に生まれ変わったら、絶対に幸せな人生を歩んでね!」と思いました。
今日もお互いに・・・たくさんの愛を発信し受け取っていきたいものですね~・・・・。ではでは~
この一月くらいの間にイスラムでの人質の問題等、心痛む事件が相次いで起こってますね。
恐らくマスコミに取り出されないだけで、私達の知らない大変な出来事は沢山起きていると思います。
「一体いつになったら戦争のない平和な時代が来るのでしょう・・・。」と憂鬱な気持ちになります。
戦火の中で苦しんでいる人々や人質になっている女学生さん達の安全と共に戦争の終結を心から祈ることしか今の私にはできません・・・。
ところで、この12月から当院にも設置してありました「けいたくん募金」ですが、お陰さまで目標額を達することが出来たということで先月締め切ることになりました。
ご協力した下さいました皆さま、本当にありがとうございましたm(_ _)m。
11月のある日、実行委員の一人であるI氏からこのお話を頂いて直ぐにお引き受けしたのですが、その後活動も活発になり半田・阿久比界隈の結構な数のお店にこの箱(写真)が置いてあるようになりました。
この募金の話を持ってきて下ったI氏に「一人の男の子の命が懸ってるんですもんね!頑張んないとね!でもIさんは素晴らしいですね~!仕事以外でこういう活動もされて・・・。」と言いましたところ、少し照れながら「いや~、工藤さん、禊ですよ!み・そ・ぎ・・・。我々はどうせ罪を犯して生きてきたんだから、こういう形で罪をおぎなわんとね~!」とおっしゃいました。(よっ!、Iさん、カッコイイ~!!)
そう・・・。
でも、生まれてこのかた「誰にも嘘をついたことがない」っていう人、いるでしょうか?! 動物の殺生をせずに育った人もいるんでしょうか・・・?!
おそらく誰にも迷惑を掛けずに生きてきた人なんていないんですよね・・・。
だから「これは禊なんだから、あ~たもやりなさい!」なんて言わないけど、できる人ができる範囲で協力してそれで助かる人がいる社会っていうのはいいと思いました。
募金が終了した後、I氏が「ある意味、これは命のリレーなんですよね!また次の子に繋げていかないとね!」とおっしゃってました。
この「命のリレーずっと続いていくといいなぁ・・。」と思う今日この頃でした。
〈あと・・・がき・・・・〉
非常に残念なことに、1~2か月ほど前、けいたくんと同じ「突発性拡張型心筋症」だった女の子が、心臓の提供者を待ちながらとうとう亡くなってしまいました。
ご両親は傷心を抱えつつ「同じように臓器移植を待つ方々の為に」と娘さんの臓器提供の申し出をされ、その子の殆どの臓器が必要とされる方々の体に移植されました。
つい半年くらい前だったでしょうか。交通事故で亡くなったお子さんの臓器提供の申し出をされたご夫婦が「13歳(15歳でしたっけ?!)以下の子供の臓器提供を申し出るのは日本で初めてです!」とのことで、その話題が連日ニュースで取り出されましたが、今回は2回目でしたので実にさらっとニュースで流れました。
まぁ、ご両親のお気持ちを考えるとあまりしつこく報道されるのは煩わしいばかりでしょうが、日本初の子供の臓器提供ということになると、もの珍しさでしつこく報道されたかと思いきや、今回は2回目だったので実にさらっとしていて・・・「はぁ~・・・さすが日本のマスメディアだわ・・・。」と皮肉りたくなってしまうわたくしがおりました。
皆さま、新年明けましておめでとうございます!
旧年中はお世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
最近、若い方も中年もお年寄りも、結構「感謝」と言う言葉を使われるようになったと思います。
これって、とっても素敵なことですね~。
以前私は経営者が学ぶ為のある早朝セミナーに所属してました。
5年ほど前のある日、師崎会場での早朝セミナーが終わってから、会場の屋上で1人海を眺めてました。
そこに20代後半の男性(その会場に仕事でお見えになった方です。)と偶然お逢いして、世間話になりました。
その時、『感謝』の話になり「本当に色んなことに感謝ですよね~・・。」と、意気投合したのですが、その時その男性に「感謝って目に見えて分かることにも感謝することなんですが、本当は当たり前だって思ってることにも感謝することなんだそうですね。」と、言われて、目から鱗が落ちる思いをしたことを今でも覚えてます。
そう、「当たり前だって思ってる事にも感謝する」って、意外と出来てるようで出来てないかも知れない!!って思いませんか!?
「おひさまが昇ることに感謝」「屋根のついた家で寝れること・・・」「誰かに襲撃されるかも知れないっていう不安を感じないで生活できること・・・」「食べたいものを食べたい時に食べられること・・・」「こうしてパソコンを打つことのできる自由に動く手・・・」(ゴツイから嫌だ!なんていっちゃあだめですね。)
そして・・・「自分を産み育ててくれた両親や支えてくれている(支えてくれた)人達」
最近よく思うのですが、「いろんなことに感謝する人って、より幸せになれる」ような気がするんですね・・・。
そして、感謝することによって、素敵なことがどんどん降りそそいできて、より運が良くなるような気がします。
私はこの一年間、寝る前にお布団の中で、今上に書いた事や、私を支えて下さる人達、そして目に見えない存在(私を守ってくれているご先祖さまや亡くなったご縁のあった動物達、それとこの仕事のガイドさん達)にお礼を言ってから寝るようにしています。(仕事の後、飲んだくれて化粧も落とさずに寝ちゃう時は出来ないんですけどね。)
そうしたらどんどん良い事が起こって・・・良い人達と巡り逢い・・・そしてより感謝して・・・・の繰り返し(好循環)になりました。
「あ~あ・・・。なんで私の人生ってこうなんだろう・・。」と嘆く方がいらっしゃいましたら、一度この方法を試してみてください。
コラムでは良い事ばっかり書いているように見えるかも知れませんが、かく言う私も、若い頃は「生きていても仕方ないな~・・・。自分の存在って何なんだろう。」と思ったり、ついこないだも「一生懸命生きてるつもりなのに、何でこんなことになっちゃうのかしら・・・。」と嘆くこともありました。
でもちょっと視点を変える事によって、方向が変わって来たように思います。
この方法は、色んな「しあわせになる方法の本」に載っているかも知れませんが、私が試してみて、一番確実な方法でした。
と言うことで・・・今年も、動物達も皆さまも元気で幸せな一年になりますように~・・・。
以前『喪の作業』と言うコラムを書きました。
「ある時、重度の糖尿病の猫ちゃんが入院していて、私としては一生懸命治療させて頂いたにも拘わらず、明け方合併症で亡くなってしまった。だが、亡くなって数日してから飼い主様が来院され、その子が亡くなったのは、病気のせいではなく獣医の治療過誤ではないか!?との事でカルテを見せるように言われた。それでカルテをお見せしながら経過をご説明したら(実は亡くなった時もご説明はしたのだが)、ポロポロと泣かれてふ~っと一息つかれた後、納得されてお帰りになった。」と言う話です。
この時、私の中では「Aさんとは厚い信頼関係にあったと思っていたのに、なぜ?!」と言うショックの様な感情が残っていました。
そこで、たまたま精神科医の先生とお話する機会がありましたのでその先生にご相談したところ、それは『喪の作業』というものだと言われました。
自分の愛すべき対象が亡くなってしまった事を認めたくなくて、無意識のうちに憎むべき対象を見つけてその悲しみを受け入れられるようになるまで、その対象を憎むことだそうです。
その『喪の作業』のコラムはムサシの死後少ししてから書きました。
そしてその後続けて「実は私もムサシを亡くしてその飼い主様と同じことをしてましたの!」なんて書くつもりでした。
でも・・・今日までその事をコラムに書くことが出来ませんでした。
なぜなら「それを書くことによって、そのスタッフを傷つけるのではないか?!」と言う懸念があったからです。
それと同時に私の中でも「まだまだ未解決だった」からだと思います。
そして思わぬところで、息子と話をしてようやく私の『喪の作業』は終息に向かいました。
長い年「病気で苦しむ子達のお役に立てたら」とか「病気の子の飼い主様の伴走者になれたら」という思いで治療させて頂いてきたつもりでした。
ですが、去年ムサシを亡くしてようやく‟大事な子を失った飼い主様の気持ち”を身を持って知りました。
もし、大事な子を失って、「ペットロス状態になってる私は変なのかしら?!」と思ってらっしゃる方がみえたらどうぞ安心して下さい。
幼い頃から自分の動物たちとの別れを経験し、そして多くの患者さんと飼い主様とのお別れにも立ち会わせて頂いた私もこうしてペットロスになりました。
存在が大切であれば、それは当たり前の事なのです。
後は、時間が掛かってもいいので、その子の事を思い出しながら、そして感謝しながら少しずつでもお元気になって頂けたら、きっとその子達もホッとしてくれることだと思います。
そう・・・きっとムサシも今頃はホッとしてくれていると思います。
今日(12月11日)は、我が家の家族の一員であり、病院の供血犬でもあったムサシの命日でした。
ちょうど、去年の今日の朝、ムサシは1人(一匹)で旅立っていきました。
私は10年ぐらいの間、ずっと温めていたコラムのテーマがありました。
温めていたというよりも、「書きたいけど書けなかった。」と言う方が正しいかも知れません。
この仕事を通して「重い病気の動物達は、自分が死ぬ時期を知っている。だからこそ大好きな飼い主さまが出かけていれば、帰ってくるまで精一杯頑張って、飼い主さまの顔を見てからほっとして亡くなる子が多い。」ということを多くの動物達から学びました。
本当にそういう子が多いのです。
その経験から “動物達の直感力の凄さと飼い主さまへの愛の深さ” は相当なものだと感じていたので、この事をいつかコラムに書きたいな~と思ってました。
でも今まで書けませんでした。
それはなぜか・・・。 なぜなら、心の底からその子の最期(死に目)に逢いたいと願っていてもその子の最期に逢えなくて悲しい思いをされた飼い主さまだって沢山いると思ったからです。
そしてその「大事な子の最期に逢えなかった飼い主」の1人がたまたま去年の私でした。
それはおそらく「たまたま」ではなかったのでしょうね・・・。
「多くの起ることに偶然はない」ような気がしますので・・・。
ムサシは亡くなる3週間前から、衰退の一途を辿っていました。
あんなに好きだったおやつに目もくれず、顔はこけ、下半身がふらふらになり、立って排泄するのもやっとでした。
体中の臓器が癌に侵されていたのです。
仕事に行く時もセミナーで東京に行く時も・・・「ムサシ、行ってくるよ!」と声を掛け、内心「帰って来るまで生きててくれるかなぁ・・・。」と思いながら出掛けていました。それでもムサシはいつも気丈に私達を玄関で見送ってくれていました。
とは言え、最期の日の朝は、“ムサシの灯”が消えそうな予感がしていました。
そう・・・あの日こそは、死期が近いのを感じました。
その日の午前中の鍼灸の予約は朝9時から1頭だけあり、その後は入っていませんでしたので、その1頭だけ治療したらムサシに逢いに一旦家に帰るつもりでした。
ですが、運の悪いことにその日に限って遠方から来る獣医師が渋滞に遭い遅れるとの連絡が入りました。
私がそこで抜けたら、3頭の患者さんがいらしたので、その患者さんと飼い主さまをもう一人の獣医師一人で診る事になり、患者さん達をお待たせしてしまうことになってしまいます。
その時あるスタッフに「先生、今抜けられては困ります。」と言われました。
私は、「今日こそはムサシ本当にヤバイんだわ・・・。」とだけ言いましたが、そのスタッフの言葉にはなぜか逆らえませんでした。
「院長たるものは自分の犬の病気如きで患者さんをほったらかしにしてはならない!」と思ったのでしょうか・・・。
幸い重症患者さんはいなかったので、そのうちの1頭を治療させて頂いてから大急ぎで家に向かいました。
その途中で携帯が鳴り・・・ムサシの死を夫から告げられました。
夫はこの日はずっと家に居たのですが、ふと目を離した隙にムサシは誰もいないところで1人で息を引き取ったということでした。
ムサシの亡骸を見て、私は我を忘れて泣きました。
少ししたら次男も東京から帰って来て、二人で声が枯れるまで泣きました。
ムサシを亡くした悲しみと共に 「なぜ?! なぜ?! なぜ・・・?!! なぜムサシは私の事を待っててくれなかったの?!」との思いがいつまでも強く残りました。
そして、それは心の闇となり、怒りに変わっていきました。
そうなのです。 「あの時なんで彼女は、先生!最期かも知れないんでしょ!! ムサシ君に逢いに行ってあげて下さい。後は何とかなりますから!って言ってくれなかったの!? 私だったら絶対そう言ってあげるのに・・・。」と、そのスタッフへの怒りがふつふつと沸いてきて・・・その後しばらくの間、顔で笑ってはいても心の中ではその思いが消える事はありませんでした。
それから数か月経ち・・・ある日息子と車中でしゃべっているうちにある事に気づかされました。
ムサシの最期の話になった時に、私は彼にこう言われました。
「それは母さんが選んだんだらぁ~・・・。いくらその人がそう言ったって、院長なんだから帰る事も出来ただらぁ~・・・。」
・・・正直、はっとしました。
私は、「自分で選んだ人生のくせに、うまく行かなかった時に他人のせいにして逆恨みする人」を心から軽蔑していたのに、実は同じような事をしてたんですね・・・。
そうなのです! そのスタッフのせいじゃなかったのです。
その時に病院に残ることを選んだのは、この私だったのです。
息子の言う通り、その時重症の子はいなかったので、本当は強引に帰ろうと思ったら帰る事はできたのです。
それをしなかった私は、それが‶院長の責任”だと思っていたのか、逆に私の心の弱さなのか、はたまた “自分の心に従って生きていけていないせい”だったのか・・・。どれも当てはまるような気がします。
そして、息子にこうも言われました。
「ムサシは、みんなに死に際の顔を見せて辛い思いをさせたくないから、敢えてみんなが居ない時を選んで死んだんだよ。きっと・・・。」と・・・。(ううう・・・。)
因みにその息子とは、しょっちゅう親子喧嘩をしているので「教育法を間違えたかしら・・。」と思っていたところも多々ありました。(そう思うところが私のエゴも入ってますが・・・。)ですが、息子は息子なりに成長していたんですね。
「負うた子に教えられ」とは正にこの事です(苦笑)。
ムサシの事を思い出すと、私の涙腺のスイッチが押されて・・・今でも涙がこぼれます。
もう、ムサシの温かい身体に触れる事もなく、お灸をしてあげることもないのです。
でも、ムサシには沢山の愛をもらったし、今もムサシを近くに感じています。
不思議なことに、4年近くアニマルコミュニケーションとして、ご縁のある動物達と会話させて頂いているのですが、なぜかムサシに最期のことを聞くことが出来ないのです。
聞くのが怖いのかも知れませんね・・・。
時期が来たら、ローレン先生にお願いして、ムサシの思いを聞いてみたいと思います。
獣医ではありますが、やはり私も一飼い主でした。
ムサシを通して動物達の存在の大きさを再認識し、そして少し恥ずかしい話でしたが自分の思わぬ内面に気付き、こうして学ばせてもらいました。
最愛なるムサシと喧嘩相手の?!息子に感謝です。

昨日の朝、突然永吉ちゃんのお母さんがお見えになり、「明日はムサシ君の命日ですもんね・・・。」と言って、このお花を下さいました。
感激して、ついまた涙が・・・でもその後、“永吉ちゃんリュック”を見せて頂いてあまりにも永吉ちゃんに似てたのでまたまた感激!惜しかったな~・・・。写真に収めるべきでした。
今週からまた寒くなるとのこと…。
毎晩ケン(我が家の愛犬、16才)におしっこをさせる為に勝手口を開けてケンを外へ出す。すると、我れ先にと蝿(ハエ)が入ってくる…。蝿達は寒いから我が家の勝手口が開くのをいつも戸口の側で待っているのだ。毎年この時期に見られる我が家の光景である。「うるさい」と言う形容詞を「五月蝿い」と書くが、私から言わせるとうるさいのは五月の蝿ではなく、今の蝿である。
我が家は晩御飯は殆ど家族バラバラで食べるので、おかずなど少しでもラップをかけないでいると、この時期は何匹もの蝿がたかってしまう…。なので私は「ごめんね!」と謝りながら、三匹くらいは一回に殺す。ごめんね!と言っても殺すのには変わらないわけであり、一体私は何匹の蝿や蚊…ひいては経済動物と言われる家畜を殺して食べて来たんだろう…。
それは本題からずれるので一先ず置いといて…昔から思っていたのだが、あれだけ傍若無人に?振る舞う蝿だが、ひと度蝿叩きを握ると、すぅ〜っと何処かに消えてしまう。一振りでもしようものなら真剣に逃げる。
命が懸かってるから当然なんだけど、何が言いたいかって?!そう…無脊椎動物の彼らは、恐らく犬・猫・兎・ハムスター・鳥達と比べたらシンプルかも知れないが、色んな事を考えながら生きているのである。
だから…だからお願いだから動物達を虐待するのは止めて欲しい!
そして病気になったら出来る範囲でいいから、その子の苦痛にならないレベルで治療をしてあげて欲しい。
彼らは口が利けないだけであり、多くの子は「飼い主さんが笑顔で幸せでいてくれたら私も幸せ!!」と思っているのである。(と、日頃臨床をしていてそう思う。)
もっと言えば、多くの子は一見飼い主さんに甘えているようで、実はいつも気を遣って生きていて…飼い主さんが悲しそうだったりストレスで辛そうにしてたりすると、静かにそっと寄り添いながら心配しているのである。下手をすると心配し過ぎて彼らは病気になったりする。だが…病気になって飼い主さんに心配され過ぎると、逆にその病気が治りにくくなってしまうこともある。はぁ〜なかなかそこいら辺のバランスを取るのがムズカシイところではある…。
そう、だから何が言いたいかって(二回目でした(^o^;))お願いだから、ご縁があって家に来てくれてる動物達を大事にしてあげて欲しいって事。
蝿達を殺している私が言うのも大きな矛盾があって、何なのだが…。

当院のスタッフYさんちのチョコちゃんです。
Yさんがお母さんと大ゲンカして落ち込んでると、いつも 膝の上にちょこんと乗って来て慰めてくれるそうです。
そして、「そろそろいいかな~・・・?!」って思うと、膝から降りて 好きな所へぴゆ~っと行っちゃうそうです(笑)。
出逢いって本当に不思議なものですね・・・。
やはりこれも「魂の契り」なのでしょうか・・・。
私は仕事を通して、多くの素敵な方々に出逢いました。
仕事以外でもやはり素敵な方々に出逢っています。
本当に有難いです。
これからはちょっとずつコラムの中でそういう方々をご紹介したいと思います。
(・・・実は先日「よもやま話」を7割程書き上げたので、今日は早起きして完成させるつもりでした。 ところが「下書き保存」したはずの「よもやま話」が消えてましたのです!(泣) それで気分を変えてコラムを書くことにしました。)
11年前からずっと私達に「小動物中医学研究会」で、「中医学」を教えて下さっていた山内健志先生がお作りになった「日本獣医中医薬学院」はこの10月に四期生の新入生を迎えました。
私は、二期生としてこの学院に2年間通い、今年の9月に卒業して(写真①②)、10月からは「推拿(すいな)の研究コース」に通っています。(写真③)
こうして毎日私が鍼灸治療をさせて頂いているのも、11年前に「小動物中医学研究会」を作って下さった先生方、そして山内学院長、担任の西依先生、池内先生、そして学院を陰で支えて下さっている事務局の方々のお陰だと思っています。

写真②
少し遅れて謝恩会に参加したら、いきなり禿のオッサンが近づいてきて、私に「卒業オメデトウ!」と言いました。
「誰??この人~・・・?!」と少し?緊張してしまいました。
よくよく見たらなんと…学院で二年間一緒に学んだ級友だという事に気づきました。
(病院に帰っても彼がこのままのキャラだとしたら、そこの病院の忘年会はさぞかし楽しいだろうと思います。ムフッ!うちの病院も見習わなくっちゃ!!)
ところで・・・この「推拿(すいな)の研究コース」ですが、第一回めが10月12日にありました。
「推拿」とは、患者さんの身体の表面を推したり摘み上げたりすることによって、刺激を与えその反射効果によって治療する方法です。
「推拿」については、今後「よもやま話」の方で折りを見て書かせて頂きますね!
その「推拿」の第一回めの講義では、2キロの炒ったお米を入れた推拿の練習用の枕を貸してもらって練習しました。
そして、次回(11月9日)の授業までの間に‶宿題”が出ました。
なんとぉ・・「その練習用の枕と同じものを次回までに作るべし!」ということでした。
正直な話、今まで3人の息子達を育てて来ましたが、小学校に入学する度にお道具入れだのお箸入れだのって縫物の場面が結構ありましたが、忙しいのを理由に全て母の友人にお願いして作ってもらっていました。
なので、家にはミシンもないし、そのおばさんも今は高齢なのでお願いし難いし・・・はっきり言って焦りました(汗)。
・・・そしてよ~く考えた末、勇気を出して裁縫を得意とされるある飼い主さまにお願いしてみました。
その方の応えは・・・二つ返事ならぬ間髪を入れずに「いいですよ~!!ちょうどこの間ミシン買い換えたばっかりなんで!」とのこと。
もう・・・感謝、感謝、感謝・・・・でした。
っで、結局、私が布を買いに行けなくて直ぐに布をお渡しできなかったので、ご自分の布で一枚、その後私がお渡しした布で二枚、余った布で枕入れとして袋まで作って下さいました!(写真④)
その上にくい事に、頂いた紙袋に何気に私の大好きなスナフキンのキーホルダーが入っていて・・・またまた感謝感激でした(写真⑤)。 何を隠そう・・・私は子供の時から大のムーミンファンなんです! 特に困った時のムーミンとスナフキンとの会話はいつもしびれてました。
それから・・・写真⑥は、去年の6月に日本獣医中医薬学院で購入した「ツボTシャツ」をたまたまHさんにお見せしたところ、「きゃ~!良いですね、これ~っ!! 私も欲しい!」とおっしゃったので、Hさんの分も購入してお渡ししたところ、「それじゃあこれを着て記念に永吉ちゃんと撮りましょう!」ということになり、撮影したものです。
Hさんと私のはしゃぐ様を見て、「いい年こいて、この二人、ようやるわ・・・。」と永吉ちゃんも少し呆れてましたっけ・・・(笑)。
こんな感じで、いつも患者さん(動物達)を通して素敵な出逢いがあります。
勿論、深刻な病気の子の飼い主さまもいらっしゃいます。
そういう中でも私は、飼い主さまの動物を愛する心根に触れ、飼い主さまの優しさにも触れ・・・気が付いたら開業してもう20年も経っていました。
せっかくKさんに素敵な推拿の枕カバーを作って頂いたので、一生懸命推拿を学んで患者さん達にお返ししたいと思っています。
今日もありがとうございます! ウンパッパ・・・。
前回のコラムでは、ローレン先生にお聞きした「魂の契り」について書かせて頂きました。
そして 「来院される方々を見ていると、飼い主さまと病気の患者さん(動物)とのご縁の深さを感じる」とも書きました。
本当にその通りだと思います。
なぜかと言うと、「もしかして、大変な病気になるって分かってて、この子はこの飼い主さまを選んだんじゃないの?!」って思う場面が結構あるからなんですね・・・。
私は以前からずっと 「『この人なら、きっと私が重い病気になっても親身になって面倒みてくれるだろう・・・。』ってこと、動物の方は最初から分かってたんじゃないかな~・・・。」 と思ってました。
ただそのことを動物が察する瞬間は、ローレン先生がおっしゃったようにお互いの魂が肉体に入る前ではなくて、飼い主さまと動物が初めて出逢った時に、動物の方がピン!!と来るんだろうと思ってました。
私がずっと思っていたことが正しいのか、ローレン先生がおっしゃっていた事が正しいのかの判断は難しいのですが、この1月にローレン先生のお話をお聞きして、私なりに納得できました。
そうです! 私達と動物はもともと繋がっていて、逢うべくして逢ったのです!!
ですがこれには「但し・・・」が付きます。
なぜなら、病院で治療させて頂く立場の私は、「愛するこの子が病気で可哀想で・・・だから忙しいけど時間と治療費を掛けてでも治してあげたいの!」と言う方々しか見てませんからね・・・。
もしかしたら(もしかしなくても)重症で苦しんでいる動物を傍で見ながら知らん顔をしている飼い主さまもいるんじゃないかって思うんです。
虐待を受けている動物も、虐待を受けている人間の子供もしかりです。
私は 「そういう子達はどんな解釈をしたらいいんだろう・・・???」ってずっと考えてきました。
そしてそういう勉強をしている人達を捕まえては、その方々にその疑問をぶつけてきました。
一先ずこの件に関しては、今日のコラムでは置いときますね!
先程の話に戻ります。
重症の病気の子(動物)を抱えた多くの飼い主さまは本当に真剣です。
その子が良くなっているのかいないのかは、待合室のお顔付を見れば直ぐ解ります。
それだけその子のことを愛しているのです。
愛する動物が重い病気になれば、何をしていても心配なのは当然です。
ですが逆に心配し過ぎていることが、その子の負担になることもたまにあります。(・・・そのことも一先ずここでは置いときますね!)
私はたまに飼い主さまとムサシの話をします。
ムサシが亡くなって10か月半も経ちました。今でもムサシの事を思い出すと涙がこぼれます。
多くの方がそうなように、私もムサシを始め今まで出逢った動物達からたくさんの愛をもらってきました。
「生まれながらにして賢くて想像力の豊かな人を除いては、何でも経験しないと解らないのではないか。」と思います。
なので、よく飼い主さまが「犬なんかにそこまで力を入れておかしいんじゃない!?って言われちゃうのよね~・・。」とおっしゃる度に、「そういう大切な存在に出逢ったことのない人には分からないことですから気にしなくて良いんじゃないですかね~。」とお応えします。
そうそう・・・一体何が言いたいのかって~?!
「ご縁があってその子と出逢ったのであれば、最後まで面倒を見てあげて下さい。」って言うことですかね・・・。
決して完璧じゃなくていいのです。
誰だって自分の生活があります。 ご家族が急に病気になられたりして、手を掛けてあげたくとも掛けられない時もあると思います。
だから出来る範囲でいいのです。(私もムサシが病気になった時、出来ることしかしてあげませんでした。)
彼ら(動物)の多くはご家族の状況を理解しています。
なので、“よっぽどその子が辛いのでなければ”、病気になったからといって捨てようとしたり、むやみに安楽死の選択をしないで下さい。
これは今まで臨床をしてきた一獣医であり動物達から沢山の愛をもらった不出来な一飼い主からのお願いです。
せっかく魂の段階で約束して出逢ったのですから、どうぞ大切にしてあげて下さいね。




















